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札幌高等裁判所函館支部 昭和31年(ネ)74号 判決

控訴人 原告 富樫允

訴訟代理人 高岡次郎

被控訴人 被告 富樫マツ 外三名

訴訟代理人 長谷川毅

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、控訴人が別紙目録記載の一、五、六及び九の土地を除くその余の土地について耕作権を、同一、五、六及び九の土地について牛馬の放牧権並に牛馬飼料の採草権を各有することを確認する、被控訴人富樫マツは控訴人に対し同三乃至十三の土地の引渡をせよ、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上並に法律上の主張は、控訴代理人において、「別紙目録記載の一及び二の土地はもと訴外富樫武次郎の所有であつたところ、同人が昭和二十一年四月四日隠居し長男武夫が家督相続によりこれを取得し、その後昭和二十二年四月四日右武夫の死亡により同人の長男武が家督相続し、更に昭和二十七年七月二十日武の死亡によりその母である訴外富樫カツが相続によりこれを取得したものである。被控訴人マツ及び訴外武次郎と訴外カツ間の函館家庭裁判所昭和二十九年(家イ)第八六号家事調停事件の調停は本件土地の引渡に関する限り、農事調停によつたものでないから農地法の規定に反し無効である。又右調停事件の調停調書に基く適法な引渡の強制執行もなされていない。仮りに被控訴人マツが控訴人の世帯の世帯員でないとしても、同被控訴人は勝手に控訴人の世帯を離脱したものであるから、控訴人が世帯主として本件土地について耕作乃至採草放牧の権利を有する点については何等の消長がない。なお別紙目録記載の一及び二の土地は現在控訴人において占有しているので、右各土地の引渡を求める請求はこれを減縮し又その余の土地は被控訴人富樫マツが占有しているからマツに対してのみ右土地の引渡を求めその余の被控訴人に対する引渡の請求は減縮する」と述べ、被控訴代理人において、「別紙目録記載の一及び二の土地はもと訴外富樫武次郎の所有であつたが、同人が昭和三十年七月五日死亡したので、その妻である被控訴人マツ、二男である訴外大島三郎、長女である被控訴人斎藤キヌ、二女である被控訴人山下タイ、長男武夫の子である控訴人富樫允、訴外富樫勉及び訴外富樫昭子において相続し、右七名の共有物であつて、控訴人主張の如き富樫カツの所有物ではない。富樫武次郎については控訴人主張の如き隠居の事実がない。仮りに隠居したとしても、隠居による農地又は採草放牧地の所有権の移転は当時施行されていた農地調整法第四条の規定により知事の許可を受けなければならないに拘らず、その許可を受けていないから、右武次郎の隠居は無効である。控訴人主張の調停は単に同一世帯に属する家族の分離に基く別居に伴い各家族の所有する土地の引渡を内容としたものであつて、その所有権乃至使用権の移動を本来の目的としたものではないから何ら農地法に違反しない。」と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一乃至第三号証の各一、二、第四号証の一乃至三、第五号証の一、二、第六号証の一乃至八、第七及び第八号証の各一、二を提出し、原審並に当審証人富樫カツ、原審証人岸留次郎(第一回)、同佐藤淵、同鈴木遠江、同富樫勉、同荒竹進、当審証人堀越礼三及び同東出一郎の各証言、原審における控訴本人の訊問の結果及び原審における検証の結果を援用し、乙第一乃至第三号証はいずれも成立を認めて利益に援用し、同第四号証の原本の存在並に成立を認め、被控訴代理人は、乙第一乃至第四号証を提出し、原審(第二回)並に当審証人岸留次郎、原審証人手塚亥之助、同堀越礼三及び当審証人斎藤善四郎の各証言並に原審における被控訴人山下徳太郎及び同富樫マツ(第一、二回)各本人の訊問の結果を援用し、甲第五号証の一、二はいずれも被控訴人マツ名下の印影が同被控訴人の印鑑によつて顕出されたことは認めるが成立は否認する、同第七号証の一、二の各成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

別紙目録記載の六乃至十三の土地が被控訴人マツの所有であることは当事者間に争がない。

控訴人は別紙目録記載の一及二の土地は訴外富樫武次郎の隠居により、又同三乃至五の土地は右マツの贈与により、その後順次相続されて現在訴外富樫カツの所有であると主張し、かつ、被控訴人マツ及び訴外武次郎と訴外カツ間に成立した家事調停は無効であつて、これに基く本件土地引渡の強制執行も不適法であると主張し被控訴人等はこれを争うけれども、その点の判断はしばらくおき、控訴人は本訴の請求原因として訴外カツ及び被控訴人マツはいずれも控訴人を世帯主として耕作及び養畜の事業を行う富樫家の世帯員であつて、右世帯員所有の農地又は採草放牧地である本件土地は農地法第二条第五項の規定により耕作及養畜の事業を行う世帯主である控訴人允の所有に属するものと擬制されるから、控訴人允が右土地につき耕作乃至採草放牧の権利を有するものであつて、訴外カツ及び被控訴人マツは右土地についてその管理処分権を失つたものであると主張するので、まずこの点について検討する。

農地法第二条第五項は「前三項の規定の適用については、耕作又は養畜の事業を行う者の世帯員が農地又は採草放牧地について有する所有権その他の権利は、その耕作又は養畜の事業を行う者が有するものとみなす」と規定しているが、同条第二項乃至第四項はそれぞれ同法において用いる「自作地」及び「小作地」、「自作採草放牧地」及び「小作採草放牧地」並に「自作農」及び「小作農」なる各用語の定義を規定しているのであるから、右第二条第五項の規定は要するに農地法の適用にあたつて「自作」「小作」の別を決定する基準を定めたものであり、そして農地法は、耕作者の農地の取得を促進しその権利を保護しその他土地の農業上の利用関係を調整する目的で、農地及び採草放牧地の権利移動及び転用の制限、小作地等の所有の制限及びこれに伴う譲渡の強制乃至国による買収売渡、農地又は採草放牧地の賃貸借等の利用関係の調整、未墾地の買収売渡等について規定しているものであることは同法の規定全体に徴して明かなところであるから、結局前記の同法第二条第五項の規定は右の諸事項に関する規定の適用にあたつて、耕作又は養畜の事業を行う個人を基準とせずその者の属する世帯を基準として「自作」「小作」の区別をすることとしたものであつて、世帯員が本来所有権その他の権利を有する農地又は採草放牧地について、世帯主が耕作又は採草放牧を行つてこれを使用収益する権利を取得するものと認めた規定でないことは、寸毫も疑う余地のないところである。

もつとも、住居及び生計を一にするいわゆる同一世帯に属する者の間においては、世帯員のうちの数名が農地又は採草放牧地について所有権その他の権利を有する場合にもこれを区別することなく、世帯員の全部がいわゆる世帯主乃至は主だつた者の主宰の下に一体となつて共同して耕作又は養畜の労働に従事して事業を行い、収益についても特にこれを明確に区分することなく収益全部を世帯員全員の生計にあてているのが常態であるけれども、右のような事業の主宰や労働従事の関係は主として慣習乃至は暗默の了解に基くものであつて、前記農地法第二条第五項の規定も右に述べたような農業経営の実態に則して「自作」「小作」の区別を決定する基準を定めたにすぎない。そして右の如く世帯主がその世帯員に属する農地又は採草放牧地につき耕作養畜の事業を主宰する場合においても、右の関係は世帯員間の親愛感情乃至信頼によつてその関係が保たれているべきものであるから、右世帯の内部関係において事業の主宰者である世帯主の耕作権を特に世帯員に優先して法律上保護する必要は認められないし、またその世帯以外の第三者に対する関係においては世帯主のある場合でも本来農地又は採草放牧地について権利を有する世帯員が当事者として法律上の保護を与えられるべきものであつて、右世帯員がその世帯員に属する農地又は採草放牧地に対する管理処分権を失うべきいわれがない。

又世帯員が世帯主から分離独立し、又は世帯員のうちの或る者が他の世帯に移つた場合には、その経緯がいかなる理由によつたにもせよ世帯を異にするに至つた者の間には同一世帯の世帯員の関係は最早存しないのであるから、前述のような事業主宰の関係もなく、改めて当事者間に譲渡、賃貸借或いは使用貸借等の合意のなされない限り、世帯主であつた者がもと世帯員であつた者に属する土地を自己の耕作養畜の事業に供するいわれのないこともいうまでもない。

ところで、控訴人が訴外カツ乃至被控訴人マツの所有と主張する本件土地について耕作又は採草放牧の権利を主張し、その権利の確認及び土地の引渡を求める理由は専ら農地法第二条第五項の規定を根拠とするものであつて、他に何ら本件土地につき耕作又は採草放牧の権利又は引渡を求める権利の主張立証がないから、控訴人の本訴請求は前述の理由により、訴外カツ及び被控訴人マツが控訴人を世帯主とする世帯の世帯員であるかどうかの点、控訴人主張の調停が果して無効であるかどうかの点等の争点について判断するまでもなく、これを失当であるとして棄却しなければならない。

よつて控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴は民事訴訟法第三百八十四条に則りこれを棄却し、控訴費用の負担について同法第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正 裁判官 今村三郎)

(別紙目録は省略する。)

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